「BMW M5」
この4文字のアルファベットと数字の組み合わせを聞いて、あなたの心はどれくらい高鳴りますか?
もしかしたら、「なんかスゴそうなBMWでしょ?」くらいのイメージかもしれません。でも、それでいいんです。この記事を読み終える頃には、あなたもきっとM5の虜になっているはずだから。
M5は、ただの速いセダンではありません。それは、BMWのレースにかける情熱と技術の結晶であり、「羊の皮を被った狼」という言葉を世界で最も体現してきたクルマです。
普段は家族や友人を乗せて快適にドライブできる紳士的なセダン。しかし、ひとたびアクセルを踏み込めば、スーパーカーさえも置き去りにするほどの凶暴な牙を剥く。
そんな二面性こそが、M5が40年近くにわたって世界中のクルマ好きを魅了し続ける理由なのです。
この記事では、そんなBMW M5がどのようにして生まれ、時代ごとにどんな進化を遂げてきたのか、その熱い「歴史」を一緒に紐解いていきたいと思います。単なるスペックの紹介だけではありません。各モデルが背負ってきた物語や開発者の想いを感じながら、M5というクルマの奥深さを味わっていきましょう。
さあ、世界最速のビジネスエクスプレスの歴史を巡る旅へ、出発です!
M5誕生前夜 – すべては「M」の称号から始まった
M5の歴史を語る前に、少しだけ「M」の物語にお付き合いください。
「M」は、もともと「BMW Motorsport GmbH(BMWモータースポーツ社)」の頭文字。1972年、BMWのレース活動を専門に担うために設立された、いわばBMWのレース部門です。
彼らは設立当初からヨーロッパのツーリングカー選手権などで連戦連勝。その名を世界に轟かせます。そして1978年、レースで培った技術を惜しみなく注ぎ込んだ伝説的なスーパーカー「BMW M1」を世に送り出しました。
このM1の成功を機に、BMWは市販車にもMの哲学を注ぎ込み始めます。その先駆けとなったのが、1979年に登場した「M535i (E12)」でした。これは、通常の5シリーズにパワフルなエンジンと専用の足回りを組み込んだモデルで、「スポーツセダン」という新しいジャンルを切り開いたのです。
このM535iが市場で大成功を収めたことで、BMWは確信します。
「見た目は普通のセダンなのに、中身はスポーツカー。このコンセプトは絶対にウケる!」
そして、来るべき「本物」の開発が水面下でスタートしました。そう、M社がエンジンからシャシーまで、すべてを手がける究-極のハイパフォーマンス・セダンの開発です。のちに「M5」と名付けられる、伝説の幕開けでした。
歴代BMW M5の歴史を振り返る – 世代を超えた進化の軌跡
ここからは、いよいよ歴代M5の歴史を一台ずつ、その魅力と共に詳しく見ていきましょう。それぞれのモデルが、その時代の技術の粋を集めて作られたモンスターマシンです。あなたのお気に入りはどの世代でしょうか?
初代 E28 M5 (1985-1988) – 伝説の幕開け、「世界最速のセダン」

記念すべき初代M5、コードネーム「E28」がベールを脱いだのは、1985年のアムステルダムモーターショーでした。
その見た目は、当時の5シリーズとほとんど見分けがつきません。少しだけ立派なスポイラーと「M5」のエンブレムが付いているくらい。しかし、そのボンネットの下には、とんでもない心臓が隠されていました。
搭載されたのは、伝説のスーパーカー「M1」のエンジンをベースに改良された、3.5リッター直列6気筒「S38B35」エンジン。最高出力は286馬力を誇りました。
「286馬力?今のクルマと比べたら大したことないじゃん」
そう思ったあなた、それは早計です。当時の国産スポーツカーの代表格だったAE86レビン/トレノが130馬力だった時代。286馬力という数値がどれだけ衝撃的だったか、想像できるでしょうか。
このパワーにより、E28 M5は最高速度245km/hをマーク。ポルシェ911やフェラーリ328といった、当時の名だたるスーパーカーと肩を並べる性能を、4ドアセダンのボディで実現してしまったのです。
まさに「世界最速のセダン」の誕生でした。
しかも、この初代M5は、BMW M社の職人たちがほぼ手作業で組み立てていました。そのため生産台数は非常に少なく、わずか2,241台。今ではコレクターズアイテムとして、非常に高値で取引されています。
静かにたたずむ普通のセダンが、シグナルGPでスーパーカーを置き去りにする。そんな痛快なシナリオを現実のものにしたE28 M5は、「羊の皮を被った狼」というコンセプトを鮮烈に世に知らしめ、M5の伝説をスタートさせたのです。
【E28 M5 主要スペック】
- エンジン:3.5L 直列6気筒 DOHC
- 最高出力:286ps / 6,500rpm
- 最大トルク:340Nm / 4,500rpm
- 駆動方式:FR
- トランスミッション:5速MT
2代目 E34 M5 (1988-1995) – 洗練と熟成、そして「ツーリング」の登場

初代の衝撃的なデビューから3年後、2代目となる「E34」M5が登場します。
ベースとなるE34型5シリーズが、より近代的で洗練されたデザインになったのに合わせ、M5もさらにエレガントなスポーツセダンへと進化しました。しかし、その中身はより一層過激になっていました。
エンジンは初代から引き続き、名機「S38」直列6気筒エンジンを搭載。しかし、排気量を3.6リッターへと拡大し、最高出力は315馬力にまで高められます。
「シルキーシックス」と称されるBMWの直6エンジンの中でも、このM社製のS38エンジンは別格。どこまでも滑らかに、そして官能的なサウンドを奏でながら吹け上がるフィーリングは、多くのドライバーを虜にしました。
さらに1991年のマイナーチェンジでは、このエンジンを3.8リッターまで再拡大。最高出力はついに340馬力に達し、トランスミッションも5速MTから6速MTへと進化。高速巡航性能に一層の磨きをかけました。
そして、E34 M5の歴史を語る上で絶対に外せないのが、1992年に追加された「M5ツーリング」の存在です。
Mモデルとして初めて設定されたステーションワゴンは、圧倒的なパフォーマンスと広大なラゲッジスペースを両立させた、究極のファミリーカーでした。セダン以上に生産台数が少なく(わずか891台!)、その希少性と唯一無二のキャラクターから、今なおカルト的な人気を誇っています。
初代の荒々しさを残しつつ、内外装の質感や走行安定性を高め、熟成の域に達したE34 M5。M5の歴史の中で、古き良き時代のBMWらしさを最も色濃く残すモデルとして、ファンから愛され続けています。
【E34 M5 (後期型) 主要スペック】
- エンジン:3.8L 直列6気筒 DOHC
- 最高出力:340ps / 6,900rpm
- 最大トルク:400Nm / 4,750rpm
- 駆動方式:FR
- トランスミッション:6速MT
3代目 E39 M5 (1998-2003) – V8への転換と「NAエンジンの完成形」

20世紀も終わりに近づいた1998年、M5は大きな転換期を迎えます。3代目「E39」M5の登場です。
最大のトピックは、M5の伝統だった直列6気筒エンジンとの決別。新たに採用されたのは、新開発の4.9リッターV型8気筒自然吸気(NA)エンジン「S62B50」でした。
このV8エンジンは、ついに大台の400馬力を発生。0-100km/h加速はわずか5.3秒と、もはやスーパーカーの領域に足を踏み入れます。
しかし、E39 M5の魅力は単なるパワーだけではありません。この「S62」エンジンは、NAエンジンならではの鋭いレスポンスと、アクセル操作にどこまでもリニアに反応する官能的なフィーリングを持っていました。低回転ではジェントルなV8サウンドを奏で、高回転域ではまるでバリトンのオペラ歌手のような雄叫びを上げる。その多面的なキャラクターは、「史上最高のNAエンジンの一つ」として、今なお多くのジャーナリストやファンから絶賛されています。
デザインも、E39型5シリーズの完成された美しいプロポーションを崩すことなく、専用のバンパーや4本出しマフラーでさりげなく高性能を主張。その控えめでありながら、見る人が見れば分かる圧倒的なオーラは、「羊の皮を被った狼」の理想形とさえ言えるでしょう。
また、この世代から生産はM社の専用ラインではなく、通常の5シリーズと同じラインで行われるようになり、生産台数は大幅に増加。M5がより多くの人にとって身近な存在となりました。
パフォーマンス、フィーリング、デザイン、そして実用性。そのすべてが極めて高い次元でバランスしていたE39 M5は、歴代M5の中でも特に人気が高く、「M5の最高傑作」と推す声も少なくありません。
【E39 M5 主要スペック】
- エンジン:4.9L V型8気筒 DOHC
- 最高出力:400ps / 6,600rpm
- 最大トルク:500Nm / 3,800rpm
- 駆動方式:FR
- トランスミッション:6速MT
4代目 E60/E61 M5 (2005-2010) – F1の咆哮!V10エンジンという「狂気」

もし、歴代M5の中で最も個性的で、最も「クレイジー」なモデルを一台選ぶとしたら、間違いなくこの4代目「E60」M5でしょう。
当時のBMWが参戦していたF1レース。その技術を市販車にフィードバックするという、まさに夢のようなプロジェクトからこのM5は生まれました。
ボンネットの下に収められたのは、市販セダンとしては空前絶後となる、5.0リッターV型10気筒自然吸気エンジン「S85B50A」。
最高出力は507馬力。そして、パワーの発生回転数は7,750rpm、許容回転数は8,250rpmという、まるでレーシングカーのような超高回転型エンジンでした。
キーをひねり、スタートボタンを押すと、甲高いV10サウンドが響き渡る。アクセルを踏み込めば、タコメーターの針は信じられない速度で跳ね上がり、背中をシートに叩きつけられるような加速と共に、F1マシンを彷彿とさせる金属的な絶叫がドライバーを包み込む…。
その体験は、もはや「運転」という言葉では表現できません。それは一種の「事件」でした。
トランスミッションには、7速のセミオートマチック「SMG III (シーケンシャル・マニュアル・ギアボックス)」を採用。パドルシフトを弾けば、電光石火のシフトチェンジが可能です。
E34以来となるツーリングモデル(E61)も設定され、世界最速のワゴンとしての地位を不動のものにしました。
もちろん、その特殊すぎるメカニズムゆえに、維持にはそれなりの覚悟とコストが必要なモデルとしても知られています。しかし、このV10エンジンがもたらす唯一無二の感動は、そうしたデメリットを補って余りあるほどの魅力に満ちています。
環境性能や効率が重視される現代では、おそらく二度と現れることのないであろう、自然吸気V10エンジンを積んだセダン。E60 M5は、自動車史に燦然と輝く、美しくも狂気に満ちた傑作なのです。
【E60 M5 主要スペック】
- エンジン:5.0L V型10気筒 DOHC
- 最高出力:507ps / 7,750rpm
- 最大トルク:520Nm / 6,100rpm
- 駆動方式:FR
- トランスミッション:7速SMG III
5代目 F10 M5 (2011-2016) – V8ツインターボへの回帰と時代の変化

狂気のV10時代を経て、5代目「F10」M5は大きな決断をします。それは、時代の潮流である「ダウンサイジングターボ」への転換でした。
多くのファンがNAエンジンの終焉を嘆きましたが、それは杞憂に終わります。新開発された4.4リッターV型8気筒ツインターボエンジン「S63B44Tü」は、先代を大きく上回る560馬力を発生。
そして、特筆すべきはそのトルクです。最大トルク680Nmを、わずか1,500rpmという低回転から発生させることで、F10 M5はどんな速度域からでもロケットのような加速を見せつけました。0-100km/h加速は4.3秒。もはや異次元の速さです。
トランスミッションも、SMGからより洗練された7速デュアルクラッチトランスミッション「M DCT Drivelogic」へと変更。切れ味鋭いシフトチェンジと、日常域での快適な乗り心地を両立させました。
この世代のM5は、ただ速いだけではありません。燃費性能は先代比で約30%も向上。アイドリングストップ機能なども備え、環境性能とパフォーマンスという、相反する要素を高次元で融合させたのです。
乗り心地も格段に快適になり、まさに「ビジネスエクスプレス」の名にふさわしい、長距離を安楽かつ迅速に移動できるグランドツアラーとしての性格を強めました。
大排気量NAエンジンというロマンに別れを告げ、ターボ化と電子制御化という新たな時代へ踏み出したF10 M5。それは、M5が未来へと生き残るための、賢明かつ力強い一歩だったのです。
【F10 M5 主要スペック】
- エンジン:4.4L V型8気筒 DOHC ツインターボ
- 最高出力:560ps / 6,000-7,000rpm
- 最大トルク:680Nm / 1,500-5,750rpm
- 駆動方式:FR
- トランスミッション:7速M DCT
6代目 F90 M5 (2017-2024) – 遂に4WD化!600馬力オーバーという新次元へ

そして、現行モデルへと続く6代目「F90」M5の登場は、再びM5の歴史に大きな革命をもたらしました。
ついに、M5史上初となる4輪駆動システム「M xDrive」が採用されたのです。
600馬力(コンペティションでは625馬力)にまで高められたパワーを、もはや後輪駆動(FR)だけで受け止めるのは限界に近づいていました。M xDriveは、通常はFRに近いトルク配分で俊敏な走りを実現しつつ、必要に応じて瞬時に前輪へ駆動力を配分。雨の日でも、サーキットでも、誰もが安心してその凄まじいパワーを解き放つことを可能にしたのです。
しかし、BMW Mは筋金入りのFR信者のことも忘れてはいませんでした。システムの設定で後輪への駆動を100%にする「2WDモード」を選択すれば、テールを振り回す伝統的なM5の走りも楽しめるという、まさに至れり尽くせりのシステムです。
0-100km/h加速は、もはや笑うしかない3.4秒。これは、ランボルギーニやフェラーリといった現代のスーパーカーと全く同じ土俵のタイムです。
それでいて、室内は豪華なレザーと最新のデジタルデバイスに囲まれた快適な空間。最新の運転支援システムも完備し、渋滞の中でも快適に過ごせます。
見た目はあくまでエレガントなビジネスセダン。しかしその中身は、天候や路面を問わず、あらゆるスーパーカーをカモにできる全天候型の戦闘機。
「羊の皮を被った狼」というコンセプトは、F90 M5によって究極の形へと昇華されたと言えるでしょう。
【F90 M5 (Competition) 主要スペック】
- エンジン:4.4L V型8気筒 DOHC ツインターボ
- 最高出力:625ps / 6,000rpm
- 最大トルク:750Nm / 1,800-5,860rpm
- 駆動方式:4WD (M xDrive)
- トランスミッション:8速Mステップトロニック
【番外編】7代目 G90 M5 (2024-) – 電動化の波と未来への挑戦
そして2024年、M5は新たな章に突入しました。7代目となる「G90」M5は、V8ツインターボエンジンにプラグインハイブリッドシステムを組み合わせ、システム合計出力は驚異の728馬力に達します。電動化という時代の大きな変化の波に乗りながらも、Mモデルとしての魂を失わない。M5の挑戦は、これからも続いていくのです。
一目でわかる!歴代BMW M5 スペック進化の軌跡
世代 (コードネーム) | エンジン形式 | 排気量 | 最高出力 | 最大トルク | 駆動方式 | 0-100km/h |
初代 (E28) | 3.5L 直列6気筒 NA | 3,453cc | 286ps | 340Nm | FR | 6.5秒 |
2代目 (E34 後期) | 3.8L 直列6気筒 NA | 3,795cc | 340ps | 400Nm | FR | 5.9秒 |
3代目 (E39) | 4.9L V型8気筒 NA | 4,941cc | 400ps | 500Nm | FR | 5.3秒 |
4代目 (E60) | 5.0L V型10気筒 NA | 4,999cc | 507ps | 520Nm | FR | 4.7秒 |
5代目 (F10) | 4.4L V型8気筒 ツインターボ | 4,395cc | 560ps | 680Nm | FR | 4.3秒 |
6代目 (F90 Comp.) | 4.4L V型8気筒 ツインターボ | 4,395cc | 625ps | 750Nm | 4WD | 3.3秒 |
7代目 (G90) | 4.4L V8ターボ + PHEV | 4,395cc | 728ps | 1000Nm | 4WD | 3.5秒 |
※スペックは欧州仕様などを含み、モデルや年式によって異なる場合があります。
この表を見るだけでも、M5がいかに凄まじい進化を遂げてきたかが分かりますね。馬力は約2.5倍、トルクは約3倍、そして0-100km/h加速タイムは半分になっています。まさに技術の進化の歴史そのものです。
まとめ:BMW M5はなぜ人々を惹きつけてやまないのか
ここまで、BMW M5の40年にわたる壮大な歴史を駆け足で見てきました。
初代E28が掲げた「羊の皮を被った狼」というコンセプト。
それは、時代ごとにエンジン形式や駆動方式を変えながらも、全ての世代に脈々と受け継がれてきたM5の哲学であり、魂です。
- 見た目はあくまで紳士的なセダン。でも、その心臓は誰よりも熱い。
- 家族を乗せて快適に走れる優しさと、サーキットで本領を発揮する厳しさを併せ持つ。
- その時代の最先端のテクノロジーを惜しみなく注ぎ込み、常にセダンの性能の限界を押し上げてきた。
この揺るぎない信念と、圧倒的な二面性こそが、BMW M5が単なる高性能車という枠を超え、多くのクルマ好きの憧れであり続ける理由なのでしょう。
直列6気筒、V8、V10、V8ツインターボ、そしてハイブリッドへ。M5の歴史は、BMWのエンジン技術の変遷そのものでもあります。
この記事を読んで、少しでもM5の世界にワクワクしてもらえたなら嬉しいです。もし街でM5を見かけたら、その静かなたたずまいの奥に隠された、獰猛な狼の姿を想像してみてください。そして、こう思ってください。
「あれは、ただのBMWじゃない。M5なんだ」と。
さあ、あなたにとって最高のM5は、どの世代でしたか? その答えを探しに、一度M5の世界を深く覗いてみるのも面白いかもしれませんね。
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